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![]() -楽器の選定-
必須条件 どんな楽器でも購入するときには、あれこれと押さえるべきポイントが言われるものです。しかし、この類のものは言い出したら限りが無いものです。そしてほとんど必ず、どこかで妥協することになります。何故なら、素人が趣味で弾く楽器を選ぶ時に一番重要なことは、結局価格だからです。 チェンバロはとても高価な楽器と思っている人も多いと思います。しかしそれは考え方次第です。確かに最も廉価なチェンバロでも、最も廉価なピアノの倍以上はします。しかし、最も廉価なチェンバロは、最も廉価なピアノのような粗悪品では決してありません。それから、最高級のチェンバロの価格は、意外にも最高級のピアノの半分にも満たないものです。そして最高級のチェンバロを最高級たらしめているゆえんは、主にその豪華な装飾にあります。つまり価格の差は楽器としての基本性能には、さほど影響しないと考えてよいです。ただしアップライトピアノとグランドピアノに大きな差があるように、スピネットとチェンバロでは、価格も性質も大きく変わります。 楽器選びの条件の最重要項目が価格だとしても、絶対に譲れないこともあります。第一に音域です。チェンバロは楽器によって音域はまちまちです。バッハを弾くために必要な音域はDDからd3です。平均律第1巻ならCからc3で収まりますが、第2巻やパルティータのいくつかの曲はそれを超えます。ですからヴァージナルや小さいクラヴィコードは、一台目には向きません。また逆に、FFからf3まであるようなフレンチは、バッハしか弾かないのであれば無用の長物です。 第二に鍵盤の材質です。堅い木でないと永い間に、指が当たるところが凹んでしましいます。一般にチェンバロのイメージの白黒反転の鍵盤は、単なる見た目のカッコ良さのためではありません。黒いナチュラルキーの黒檀はとても堅い木です。勿論ナチュラルキーが牛骨でシャープキーが黒檀でも良いですが、それだとかなり値が張ります。黒檀でないならばナチュラルキーは柘植が望ましいです。 第三にフロントとバックが正しく調整されていること。とても重要なことですが、これについては、後に詳述します
候補 価格で考えると候補は、久保田BASIC スピネットと三創楽器 SANSOスピネット。共に90万円くらいです。少し値段が上がって、 東京古典楽器センター(ギタルラ) イングリッシュベントサイドスピネット。これは三創楽器の廉価版OEMです。以前は100万円くらいでしたが、今はもっと高いようです。モデルが変わったのかも知れません。 三創楽器のイングリッシュベントサイドスピネットは純粋なヒストリカルモデルです。今、ホームページに価格は載っていませんが、さすがにやや高く120万円くらいはするようです。 ブランド力でしょうか、久保田BASICの芳しくない評価はあまり聞きません。しかし私は、そうお得とは思っていません。 装飾を省いて安さを追求した商品という触れ込みですが、さすがに無塗装は一般家庭に置くものとしては寂し過ぎると思います。 それが良いという人も居るかもしれませんがデザインも武骨で優雅さの欠片もありません。ほぼ同じ値段のSANSOスピネットに比べると見劣りします。 久保田BACICシリーズにはフレミッシュモデルもありますが音域がGGからだと140万円。2レジスターだと170万円もします。少しも安くはありません。 他にノイペルト・ツェンティが100万円強の価格ですが、輸入が安定していないようです。 チェンバロのメンテンスは自分でするのが基本です。部品の入手に不安があるものは避けたいです。 ※ この記事は2016現在の状況に基づいています。 ※ 久保田BASIC スピネットには塗装モデルもリリースされたようです。(2021/8 追記)
久保田BASIC 久保田チェンバロが良くないのかと言うと、それは全く逆で、いわば良過ぎるのです。100万円近くする楽器なら、趣味で弾く人にとっては一生ものです。しかし久保田BASICは短期間使用して買い替えることが前提の仕様です。久保田チェンバロ工房のウェブページを見れば分かる通り、そもそもの対象顧客は、将来プロを目指す人、もしくは少なくとも音大の学生です。 私は日本の個人工房の在り方にやや疑問を持っています。チェンバロという楽器が一般人に受け入れがたい敷居の高さを持つ原因の一つは、ここにあると思っています。単に値段が高いということではありません。例えば、個人製作家の楽器は「製品」と呼ばず「作品」と呼びます。他の楽器では有り得ないことです。また、有名な製作家は演奏家と共に華やかな舞台に招かれることもしばしばです。他の楽器ならば、どんなに優れていても製作者はあくまでも裏方です。他の楽器なら、もしくは海外のチェンバロなら、優れたメーカーが尊敬され、その職人に敬意が払われたとしても、それはあくまでも楽器製作者としての栄誉であり、芸術家としてではありません。とは言っても製作家が悪いとは言い切れません。そもそも需要が少ないですから、特別なものとして売らなければ商売が成り立たないでしょう。しかしその姿勢が需要を盛り上げられない原因の一つにもなってはいないでしょうか。 日本のチェンバロ界というものが演奏家と製作家との両輪で発展して来たという背景もあるでしょうが、私のような素人愛好家、チェンバロのというよりもその音楽の愛好家には残念なことです。チェンバロの一般への普及は、まだまだ遠く、バッハの鍵盤楽器曲の人気も今一つのままなのだろうと感じられるからです。
スピネット 価格で考えると自然とスピネットになるでしょう。しかし、実はスピネットはあまりお勧めしません。その理由は、構造に無理があるからとか、タッチに問題があるからとか、一般にも言われますが、私の意見は違います。スピネットはチェンバロの基本機能を大きく削った楽器だからです。何のことなのかと言うと、それは弦が1組しかないことを指します。 音色が選べるということが、それほど重要なことなのか。それは正しく調整された楽器を知らないと理解できません。そして実は、誤った解釈から誤った調整をされている楽器はとても多いようです。私自身もズッカーマンを組み立てる前までは誤解していました。誤りとは、バックをメインとすることです。正しい調整はフロントを強、バックは弱です。フロントは硬く鋭い音です。一方バックは柔らかく優しい音です。鋭く硬い音は激しく速度のある曲に適します。柔らかく優しい音は穏やかなゆったりした曲に適します。すると必然的にフロントは強く、バックは弱く調整されるべきとなります。ローランドもそうでしたが、バックをメインとして強音に調整してしまうと、割を食った弱音のフロントは、単独での使い途を失ってしまいます。鋭く硬く、それでいて弱い音というのは、よっぽど特殊な曲にしか使えません。正しく調整したチェンバロは、バック=メゾピアノ、フロント=メゾフォルテ、バック+フロント=フォルテと使い分けられます。当然、スピネットには無い機能です。
自作キット スピネットで無いとなると、Bizziコンティヌオ もしくは 三創楽器のフレミッシュ が候補でしょう。Bizziは円高だったおりには120万円。この手の物ではかなり安かったのですが、近年は150万円を下らないまま安定しています。三創楽器も普及タイプだと120万くらいですが、これでは音域が足りません。特注で音域を広げて貰えるようですが、値段はそれなりにしてしまうでしょう。 一方、スピネットが安いと言っても100万円前後です。それでいて機能に難があります。簡易な製品として割り切ったとしても、一生一台の楽器として納得出来るかどうか、難しいと思います。 悩ましい問題ですが、ここで一気に解決できるのが自作キットです。値段は為替レートにもよりますが、 ズッカーマンのフレミッシュ・シングル だと送料込みで70万円くらいです。それでも、私が譲れない条件として挙げた項目をすべて満たすことは当然に、それ以上の高品質です。カタログを見る限り、日本に於いては最上級の仕様に値する楽器です。購入者が組立てるという、確かに、作業の手間を省いた製品ではあります。しかし、モノとしてはデザインも材料も一切省略はありません。価格のためにデザイン、材料、機能を削る久保田チェンバロとは全く思想の異なる工房。顧客がプロだろうと素人だろうと、常に本物の楽器を提供する工房。それがZuckermann Harpsicords Internationalといえます。 ※ この記事は2016現在の状況に基づいています。
ズッカーマン ズッカーマンにも問題が無いわけではありません。否、問題というより不安でしょうか。現物を見ないで買っても大丈夫なのか。本当に安全に日本に送ってもらえるのか。特別な技術の無い人に自分で作るなんて出来るのか。特殊な道具が必要ではないのか。先の二項目は私を信じてもらうとして、後の二つはズッカーマンのウェブページの「よくある質問」にある通りでしょう。ズッカーマンは事あるごとに「完成までサポートします」と言ってくれますが、説明書通りにしていれば、まず自力で大丈夫でしょう。必要な道具として、電動ドリルは必須です。それから、アメリカのモノなのでインチ定規。地味なところで上蓋のベントサイド側を成型するための凹面を削れるカンナでしょうか。他には、そう特殊な道具は要らないです。 人によるとは思いますが、問題になるのは英語力かも知れません。ウェブページこそありますが、問い合わせや注文は、なかなかアナログです。メールで問い合わせると”Hello”で始まる温かみのある生のお返事が係の方から返って来ます。英語に自信が無いという場合、日本総代理店を標榜しているコースタルトレーディング・ムジカアンティカ湘南という商社に頼んで取り寄せてもらうという手もあるかもしれません。しかし私は、それには疑念を持っています。第一に、それでも説明書は英語です。第二に、この零細な商社のサポートはとてもじゃないが頼りにならないからです。営業の妨害をするつもりは無いですが、ウェブページを見れば事実なので、そこは、はっきり申し上げせていただきます。もっとも、問題があるのはズッカーマン代理店としてだけで、他の取り扱いブランドBizzi等については、おそらく優秀だと思います。
ムジカアンティカ湘南 ズッカーマン・ハープシコーズ・インターナショナル(ZHI)日本総代理店を標榜する(有)コースタルトレーディング・ムジカアンティカ湘南の問題が露呈しているのは、「鶴さんのヴァージナル製作記」と題する組立てキットの紹介記事です。まず疑問に思うのは、指示されたこと以外はするなと説明書に書いてある筈なのに、まるで独自の改造を奨励するかのようなこの内容です。そこにズッカーマン工房や説明書の著者であるコーテック博士に対する敬意の欠如を感じてしまいます。ただ説明書には「子どもに豆を鼻の穴に入れるなと言えば、必ず入れる」とも書かれていますから、半ば諦めているかもしれません、、、。そして決定的なのが、キー・エンド・クロスの張り間違えです。それを指摘するどころか、それによる不具合に対して、全く的外れなアドバイスをしています。ここは、私も自身の楽器の製作過程で少し引っかかったところです。そしてどうやら多くの人がつまずく場所のようです。実は、原因は説明書の不備にあります。しかし代理店を名乗るならば把握しているべき問題です。そうで無かったとしても(残念ながらそうで無いようです)、少なくとも顧客に代わってズッカーマンに助言を求めるべきところでしょう。どうやらこの商社は代理店というよりも、少し大口のお客さん、もしくは輸入代行業者と言ったところの存在のように感じます。 というわけで不確かな業者に輸入手数料を払うよりも、直接ZHIに注文した方が安心です。バッハをまともに弾けるまでには五年かかると思えば、その五年で英語を勉強したら良いと思います。「The Harpsicord Owner's Guide」は、推薦図書です。ズッカーマンの説明書を書いているコーテック博士の著書です。これを読んでおくとチェンバロの専門用語が頭に入るでしょう。 尚、具体的に「鶴さん」が何を間違えていたかについては、私自身の制作記の中で説明します。
付記 4f’レジスターについて 一段鍵盤で4f’を選択可能な場合がありますが、お勧めしません。確かに4f’は独特の煌びやかさが魅力的です。しかし実際には使う機会は少ないです。私があったら良いなと思ったのは「トッカータとフーガニ短調」のトッカータのところぐらいです。それも、本来チェンバロの曲ではないので、ちょっと練習しただけで、すぐにつまらなくなって弾いていません。また高い音は調律が難しいです。滅多に必要にならない上に調律がままならないのであれば、結局使わなくなってしまうでしょう。 椅子について チェンバロは鍵盤が軽いので、ピアノのように腕や肩から体重をかけるような弾き方はしません。さらに音域が狭いので、弾く時に左右に体重を移動することは、ほとんどありません。ですから椅子は、幅のあるベンチである必要はないです。また、大人しか弾かないのであれば、高さの調節も出来なくていいでしょう。ですから特別な椅子、専用の椅子は要らないです。ダイニングチェア、カフェチェアでデザインの好きなものを選べば良いと思います。どうしても高さを調節したいならクッションを乗せるか、あるいは足を少し切ってしまえば良いです。
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