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![]() -練習の仕方-
目標 楽器を弾けるようになるためには目標が必要です。ただ何となく弾きたいでは、いつまでたっても上達はおぼつかないでしょう。目標が定まらなければ練習方法さえ定まりません。 ではチェンバロを弾く目標は何と決めたら良いでしょう。まっ直ぐに言います。チェンバロを弾こうと決めたからには、目標はバッハ以外には有り得ません。 確かにプロの演奏家は、バッハ以外の一般にあまり耳馴染の無い作曲家の曲をよく弾きます。でもそれは、プロの世界ではバッハを弾く一流のピアニストが大勢いて、さらに超一流のピアニストも多数いるからです。 元々ピアニストに比べてチェンバリストは少なく、その裾野も狭く、層も薄いです。 故に実力でも人気でも一流以上のピアニストに太刀打ちするのは難しいです。いわば住み分けです。しかし趣味で弾く私達にはそんな考えは不要です。 良い楽器を手に入れるなら、または入れたなら、その楽器の最高の音楽を奏でたいと思うのが自然です。自信が無いからと自分をごまかしては、もうそこでその楽器を弾く意味が無くなると自覚するべきです。 実は、私も弾こうと思い立ったころはパーセルが弾ければ良いかなと考えていました。しかし、それは「逃げ」というものです。目標は動機から定まります。その動機に靄をかけるべきではありません。 ある程度ピアノが弾けたとしても、バッハは難しいです。2声のインヴェンションまでは問題ないでしょう。しかし3声になると途端に困難にぶつかります。とくにペダルが使えないとなると、不可能と思える程かもしれません。 しかし、その困難の克服に対する見返りはとても大きいです。例えばバッハを史上最高の作曲家と評する人もいます。勿論異論は多くあります。 しかしチェンバロでいくつかのフーガを弾けるようになれば、その異論はその人の内から消えてしまうことでしょう。私も今ではバッハを弾かないことは人生の大きな損失とさえ思っています。 逆に、弾けない人はバッハを理解していないと私は主張します。バッハが好きだと言っても聞くだけならば、それは小鳥のさえずりや小川のせせらぎと何ら変わりないのです。 「音楽の理解は努力した者のみに与えられる」。これはストラビンスキーの言葉です。 この人類の遺産は努力した一部の人々にしか認知し得ないのです。これを読んだあなたも、ぜひその内の一人になっていただきたい。
教室について チェンバロを教えてくれる教室はあるにはあるみたいですが、そう多くはありません。ですから、たまたま近隣にあるのでなければ通いきれないと思います。 また、近隣にあったとしても、教師の能力(勿論、演奏では無く教授の能力です)を知ることはとても難しく、賭けのようなものになってしまいます。 また、留意していなければいけないのは、およそ芸術に関する習い事というものは、大事なところに限って教えてはもらえないということです。 それで生計を立てている教師ならば、生徒が順調に上達して卒業してしまっては、ご飯の食い上げですから、当然です。そうで無くとも、例えば、本来芸術家で教師は副業と自認している人だとしても、生徒が自身を超えることには、抵抗するものです。 大人で、ある程度ピアノが弾けるのなら、習う必要は全く無いと私は思っています。何も分からない子どもならば、先生の言うとおりにすることは大切です。 しかし練習の効果も効率も自分で考察、判断出来る大人なら、また趣味を超える目標の無い大人なら、習うよりも、かえって自身に合った練習プログラムを組めるでしょう。 幸い今は、インターネットのお陰で参考になる情報は簡単に得られます。拙著もまた、皆さまの参考の一つとして考えていただければ幸いです。
二つの課題
バッハを弾くために鍛えなければいけない能力は大きく分けて二つあります。一つは読譜力。もう一つは指の柔軟性です。
読譜力を開発しないまま、すでにある程度ピアノを弾けるようになっている人にとって、もう一度初心に回帰することは億劫なことです。実際、その訓練にはとても忍耐が要ります。しかし、これは是非ともやってしまわなければならない課題です。
この先、バッハのフーガを暗譜で対処しようとすれば、一生かかっても弾きたい曲を弾ききれないでしょう。ロマン派時代の曲とは違い、繰り返しパターンは少ないので、一曲でさえ暗譜は難しいです。それが平均律だけで48曲もあるのですから。
勿論、平均律をすべて弾けるようにならなくても良いです。しかし、一生のうちに弾きたい平均律が二、三曲しかないわけはないでしょう。それで良いと言うなら、やはりそれは「逃げ」というものです。
譜を見ながら弾くのが苦手ですと、練習の効率も上がりません。読譜力は、出来るだけ効率良く短期間で獲得し高めたいものです。
指の柔軟性については始めてみれば良く分かると思います。鍵盤の重いピアノですと、速い指の動きを獲得するための訓練はとても重要です。しかしチェンバロは鍵盤がとても軽いので速さを得ることについての困難さは低いです。 代わりに大切なのが柔軟性の獲得です。柔軟性というのは、動きがしなやかで美しく見えるということではありません。「体が柔らかい」と言う時と同じ意味の柔軟性です。つまり関節が柔らかいということです。 それぞれの指の、主に第三関節の融通性が通常以上であることです。三声以上のポリフォニーをペダル無しで二つの手で弾くには、ある指を鍵盤から離さないまま他の指を使う技術が要求されます。 しかもそれは、必ずしも易しい指使いではありません。例えば、親指を離さないまま小指が他の指をくぐったり薬指が小指を超えることは、頻出です。そこに必要とされるのが関節の柔らかさです。そしてそれは左手でも同じように要求されます。
教材について バッハのための教材は何が適しているでしょうか。結論からいうとバッハのための教材はバッハです。ピアノ曲としても、バッハに必要な技術は独特です。ペダル無しのチェンバロでは、なおさらです。 私の知る限りでは、それに合う良い教本は見当たりません。また、バッハに関心があるなら素直にバッハを弾くのがやる気もでるというものです。 さて、具体的には進度順にインヴェンション、シンフォニア、平均律1巻を基本教材とします。そして息抜きに、進度に応じてフランス組曲、パルティータから好みのものをといったところでしょうか。 基本教材については、一番から順にやるのでも無ければ、選曲してやるのでもありません。後述しますが、一冊づつ同時に全曲やります。バッハに必要な独特な技術の習得を目指す以前に、指の運動能力が基本に届いていない場合はハノンを使います。 こう並べられると、もうすでに難しそうに思われるかもしれませんが、私が想定しているのはバイエル卒業程度です。私自身の能力もそんなものでした。 しかし、効率よく訓練すれば、五年もすれば平均律の一曲が何とか弾けるようにまでにはなるはずです。バイエル卒業程度でも、ロマン派の曲ならば、難易度の高いとされている曲も、その一曲だけを集中的に練習すことで何とか様になるまでにはなるものです。 しかし、バッハは、そうはいきません。実力が無ければ全く歯が立たないはずです。平均律1巻のハ長調を弾いてみたいと思っても、きっと、どうやってもプレリュードしか弾けないでしょう。ですから、一気に背伸びすることは諦めてください。 少なくとも五年間は辛抱の時と心得てください。
ハノンについて
ハノンには、著者ハノンによる「まえがき」があります。まずそれを読んで、この教本が意図する使い方を良く理解してください。すると著者に従えば確かに素晴らしい効果が期待できるだろうことが分かります。
しかし同時にかなり無理なことを言っていることも分かります。「一時間で一冊通し弾き出来る」、「それを毎日数回繰り返せ」、さらに「この教本が無味乾燥で学習者に忍耐を強いるような性質のものではない」と。
だいたいこの通りにしていたら、他の練習が出来ません。それに、まず指を痛めてしまうことでしょう。そこで、ある音楽教室がネット上に公開していたメニュ-を紹介します。これは著者の意図を汲みつつも、もっと時間を節約できるものです。すなわち、
インヴェンション、シンフォニア、平均律 いよいよ訓練の主体、インヴェンション、シンフォニア、平均律です。練習の方法は少し斬新で違和感を覚える方もいらっしゃるかもしれません。しかし目的は読譜力と指の柔軟性の獲得です。 目的を踏まえれば、十分に理に適っている筈です。 さて、これらの曲集は一冊通し弾きになります。テンポは極ゆっくりで良いです。ただし、間違えても弾き直さずに進んでください。最初は全く弾けないと思います。音楽にすらならないかも知れません。 それで良いです。音符の示すとおりに鍵盤を押さえて行くような心持で弾いてください。始めの頃は、インヴェンションでも一日で弾き切るのは難しいと思います。その時は、一週間など、日を区切って行って下さい。 月曜日から始めて日曜日がゴールです。週の中日に時間が取れなくて思うように進まなかった場合には、土日にラストスパートをかけて必ず弾き切ります。 (その間ハノンは毎日やります。)一週一巡で物足りないなら、一週二巡さらには三巡と、重くしてください。常に意識していなければならないことは、この訓練の目的は人前で発表出来るようになることでは無いということです。 あくまでも目的は二つの課題、読譜力と指の柔軟性を身に付けることです。ですから、インヴェンション、シンフォニア共、卒業の目安は一時間で弾き通せることで良いです。 完成させる必要はありません。既に読譜力が十分ならばインヴェンションは省いてシンフォニアから始めてください。それより、早く平均律に進むべきです。 なぜなら平均律こそが開始点だからです。 一般にはインヴンション、シンフォニアが、バッハの入門教材と思われているようです。 しかし実際には、シンフォニアは「準備運動」、インベンションに至っては「ルールの紹介」くらいのものです。 これはある程度弾けるようになって理解が進むとわかります。 私も始めたころは、平均律を目標としていました。しかし、ゴールと思っていた場所は実はスタートラインであり、本当のゴールは果てしなく遠いのです。 つまり、あなたがすでに大人ならば、残された時間はあまり無いということです。ですから訓練は効率よく行う必要があります。
練習時間について 必要な練習時間を知りたがる人は多いようです。しかし練習時間は何時間やれば良いというものではありません。熱意があれば、許される限り何時間でも出来るでしょう。ただし生身の人間には生理上の制約があります。 長時間になれば、集中力が下がり、練習効率も下がります。平日は、そう長時間でなくとも、仕事の疲れで能力低下が否めません。私の場合、休日なら一日中、平日では帰宅後、食事、入浴を除いててほとんど寝るまで弾いていました。 しかしある時、実際の時間はどのくらいなのだろうかとストップウォッチを使って計ってみました。すると意外なことに、平日は正味2時間くらい、休日は4時間くらいしか弾いていませんでした。 休憩なり気分転換なりをしている時間が結構長かったのです。そんなわけで、自由な時間がいくらでも有ったとしても、効率を考えると一日4時間くらいが限度のような気がします。 ここで言えることは、時間が限られている以上、誤った練習方法は目標に到達することを困難にするということです。練習方法は極めて大切です。 時間を有効活用するため、出先でも、会社の昼休みでも、読譜の訓練はしましょう。インヴェンションの楽譜をいつも持ち歩いてください。やることは、頭の中で音楽を鳴らすことではありません。 白黒の鍵盤をイメージします。そして譜が示す場所を頭の中で押さえて行きます。これも、しおりを挟んで通し弾きで行いましょう。
おまけ 指を痛めてしまっても練習の効率は下がってしまいます。痛めた指のケアについての情報です。指に湿布をするのはとても難しいです。あちこちに切れ目を入れて絆創膏で張り付けても、必ず寝ている間にとれてしまいます。 勿論その手では日中の生活にも支障を来します。そこで、別に宣伝したいわけでは無いですが、お勧めしたいのは久光製薬フェイタスチックEXです。 これを塗って手袋をして夜寝ると、とても良いです。即効性もあるようで、練習中、指が痛い時に塗ると、また続けられます。また、冬場はいつも手袋をしているのが良いようです 怪我をしないようにも気をつけましょう。ドアを開けようと手を伸ばしたら、ドアの方が勝手に開いて向こうから人が出て来たという経験はありませんか。私はドアノブに手を近づけるときはいつもグーです。 爪を切るときも深爪をしないよう細心の注意を払います。これらは一例ですが、工夫出来ることは色々あると思います。
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