
-調律について-
調律のはじめに
チェンバロを所持しようと思ったときに、先ず不安に思うのは、調律ではないでしょうか。しかし始めに言っておきますが調律は何も恐れることはありません。同じ鍵盤楽器のピアノを想像するから、心配になるのです。ギターやヴァイオリンと同じと思って下さい。人の話を聞けば「チェンバロはとても繊細な楽器で、少しの温度や湿度の変化でも調律が狂う。毎日、どころか弾いている最中でも時々調律が必要。」などと言います。それは事実です。しかしギターやヴァイオリンと同じと思えば、そんなことは当たり前の何でもないことです。本当は、チェンバロが特別繊細なわけでは無く、およそ有弦の楽器の中で、ピアノこそが例外的に頑丈なのです。
平均律
さて、チェンバロの調律はいわゆる古典調律で行います。別に、曲を弾くのに平均律でも何の不都合もありません。平均律をことさら悪く言う人もいますが、古典調律だからと言って、ある曲が別の曲に聞こえるようなことは決してありません。ただ曲の最後など、長く伸ばした和音の澄んだ響きは平均律には無い古典調律ならではの良さです。逆に平均律に何か良いことがあるかというと、特に何もありません。それに加えて、最も難しい調律が平均律と言われます。何の訓練も受けていない普通の人には、電子チューナの助けをを借りなければ平均律での調律は、まず不可能でしょう。ですから、何のメリットもなく、かつ難しい平均律を積極的に選ぶ理由は何もないわけです。
古典調律
古典調律にはいくつかの種類がありますが、色々覚える必要はありませんオールマイティーなモノを一つ覚えれば十分です。調律によって曲の雰囲気に違いが出ると言う人がいますが、そういう人は知ったかぶりの嘘つきだと思って良いです。音楽では無く、調律そのものに関心のある人でなければ、調律による音楽の違いなどわかるわけもないものです。さらに音楽を聴いてそれが何の調律かを言い得る人がこの世にいたとしたら、よほどの超人です。ただ、「オールマイティーなモノ」と言いました通り、何でも良いわけではありません。ミーントーン以前の調律は不可です。それらの調律は、曲の調によっては調子外れの音痴のようになってしまいます。具体的には、ヴェルクマイスター、キルンベルガー、ヴァロッティの内の一つを出来るようになってください。
うなり
勘違いなさっている方もいらっしゃるかも知れませんが、チェンバロの調律には特別な能力は必要ありません。絶対音感は勿論、音の微妙な高低差を聞き分けられなくてさえ大丈夫です。物事をことさら難しく歪曲して人を怖がらせる人達に惑わされないでください。調律は難しくなく、誰にでも出来ます。 ギターの初心者が調律が難しくて「どっちが高い?」なんて他人に尋ねる情景は、多くの人に覚えがあるのではないでしょうか。6本の弦でも苦労するのに、フロント、バックを合わせて100本以上なんて、とてもじゃ無いが無理と思われかもしれません。しかしそれは高さで音を合わせようとするからです。では、高さでなく一体何で合わせるのかといえば、それは「うなり」です。「うなり」とは、わずかに周波数の違う二つの波が合わさると、周期的な振幅の増減を生ずる物理現象です。youtubeに多くの動画があります。私が説明するよりも分かりやすいと思います。参考にして下さい。
うなりの1秒間の回数は2つの音の振動数の差の絶対値
他にも、うなりは周波数が整数倍の純正和音を僅かにずれたところでも生じます。チェンバロの調律は、このうなりの消失、もしくは1秒間に何回という速さで音を合わせて行います。
うなりの数え方、合わせ方
次項で説明するヴェルクマイスターIIIでは、うなりの速度を2回/秒、3回/秒、2.7回/秒、とする指示があります。2回/秒の感覚は、時計の秒針を見ながら、心のなかで2拍子を刻めばつかめると思います。
3回/秒は、同じく3拍子を。2.7回は、それよりも心持ちゆっくり目ということです。しかしこの数値はあくまで理論であり、調律の実地に際しては、そう神経質になる必要はありません。
2.7回が2.6回になっても2.5回なっても、3回が3.2回になっても大丈夫です。
合わせる時は一旦うなりの消失する純正に音をとり、そこからワイド、ナロー、指示された方向にずらします。ワイドは音程の差が広がる方向、ナローは同じく縮まる方向です。
※2018・4改訂。「2.7回/秒」は、不要と考えを改めました。「2.7回」はあくまで理論です。実際の調律では、他の場所で少しづつ誤差が出て、最終的に辻褄が合ってしまいます。「3回/秒」と思っていれば十分です。
電子チューナーについて
調律の手順は、先ず、バック中央のオクターブを合わせる。次にそれを基準に高低音のオクターブを合わせる。最後にフロントをバックと同じ音に合わせる。
この手順の中で、電子チューナーの活躍場所は、最初のオクターブをとるところです。電子チューナーがあれば、確かにここの仕事は速いでしょう。しかしここは調律の難しい場面ではありません。
なぜなら、ここが少しぐらい狂っていても、音楽を奏でる上で、たいして違和感はないからです。実は意外にも調律の一番難しい場面は、最後のフロントとバックを揃えるところです。
ここは厳密な正確さを要求されるところなのです。ここが少しでも狂うと、音楽が聞くに耐えられないモノになります。しかし、同じ音なのだから難しくはないだろうと思われるかもしれません。
中音域では確かにそうです。しかし高音域ではそうは行きません。というのも高音域ではチューニングピンがとても敏感だからです。
もう少しのところから、さらにほんの少し回すと回し過ぎになってしまうということの繰り返しになりがちです。低音も別な難しさがあります。低い音は弦が太いので張った弦の戻りが強いです。
ここで合ったと思っても、チューニングハンマーから手を離すと少し戻ってしまいます。ですから、少し行き過ぎたところで合わせる必要があります。この加減が難しいです。
ただし、最低のCより低い音は曲によっては使わないことも多いので、そんな場合はほっといて構いません。
そんなわけで、せっかくの高価な電子チューナーが活躍できるのは、あまり必要性の無い場面です。そして一番欲しい時には役に立たないのです。電子チューナーは有っても良いですが、無くて一向に構わないです。

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